これはA氏を含む、とある集団が人家から相当離れた山中でサバイバルゲームに興じていたときの出来事である。
その晩は月明かりがとても明るい、スナイパー好みの夜だった。
ゲームを数戦終え、小さな空き地で小休止してると、そこら辺でよく見かける中型犬が現れた。
その犬は彼らから10mくらいの距離を保って、それ以上近づいてくる気配はなかったという。
そこでA氏は持参していたお菓子を犬に与えようと、自分から5mくらいのところに放り投げた。
すると、その犬は放り投げられたお菓子に近寄ってきて、おもむろに食べ始めた。
近くで確認して初めて気づいたのだが、月明かりに照らされた、
そのやせ細った犬はよくよく見ると犬ではなく綺麗な狐だとわかった。
しかし、この時A氏は「狐とは珍しいな」程度にしか思わず、特に気に留めることをしなかったという。
それから程なくして、サバイバルゲームが再開となった。
流れ玉が当たってはいけないと思い、狐をその場から追い払った。
その時!!
狐の去り際、A氏を含めた数人がしっかりそれを目撃した。
それまでダラリと垂れ下がっていたその狐の尾は、一本や二本ではなく九本あるのが見て取れた。
その直後小気味良く飛び跳ねながら、細い林道を横切り山側へと姿を消していった・・・
去り際に二度ほどA氏のほうを振り返り、その二度目に低い声で鳴くと言うより、うなり声のようなものを発していた。
それは低い低い声だった。
『チガウナ』
『チガウ』
『コレデハナイ』
A氏を含め、数人はそのうなり声がそれぞれ違う聞こえ方をしていたという。
その場にいた一人が「今の狐おかしいぞ!」と声を発するまで、
今自分たちが見た光景が目の錯覚だと思いこんでいた。
その声を皮切りに「自分も見た!」「自分も見た!」と言い出し、
先ほど起こったことの異様さに全員が気づき始めた。
恐ろしくなった彼らは、即座にサバイバルゲームを中断し撤収することにした。
話はこの日より、三週間ほど前にさかのぼる。
サバイバルゲームを開催する予定の「あの山」を下見しに来ていた時のことである。
この日は昼間、といっても早朝だった。
林道脇に車を止めて、仲間数人とこの辺りならと話していると、
四駆車が二台凄い勢いで走行してきた。
A氏の車が邪魔だったのですぐさま移動させようと車に乗り込もうとしたところ、
『こんなとこで何をしているんだぁ!!』
『さっさと車を移動させろ!!』
と怒鳴りながら、一台の車から中年の小太りな男が降りてきた。
両車の後部には猟犬が何匹も乗っているのが確認できた。
鬼の形相で狂気じみていたこの中年男に恐怖心を抱いたA氏は「この男とは関わりたくない」と思い、
事を荒立たせないようにペコペコと平謝りしながら、自身の車を脇に移動させた。
すると二台の四駆車はまた凄い勢いで走り去っていった。
四駆車が走り去ったのを確認し、仲間と「何だったんだ、あの中年男は」などと話していると、
遠くで
「バンッ!」「バンッ!」
「ワオォォーーーン!!」
けたたましい銃声と犬の咆哮が聞こえてきた。
その時、この付近は狩猟が盛んな地域であることがわかり、夜戦ゲームしかできないなということになった。
そんな出来事もそろそろ忘れかけていた(サバイバルゲーム当日から)数週間後、A氏は新聞記事を見て背筋が凍りついた・・・
その小さな新聞記事には、こう書かれてあった。
「●●山中で狩猟中に男性2名が行方不明に」
まさにあの山だった・・・
この時、あの九尾の狐は猟師にやられた仲間あるいは家族の復讐を果たすために、
その犯人を探していたのではないかと直感したという。
あの晩似たような銃を持っていた、A氏たちを犯人かどうか確認するために近づいてきたのではないかと。
もちろん新聞記事の二人があの二人かは定かではないが・・・
「あの晩、狐をエアガンで撃つような愚か者が私たちのチームにいなくて本当に良かった。」
A氏は胸をなで下ろしたそうだ。