フナを食う男

人ならざるモノの話

小学生のJ君が川と古墳の堀を繋いでいる細い用水路にて、

一人でフナ釣りをしていた時のことだ。

 

 

その日は午後3時頃に釣り始めた。

いつになくたくさん釣れたため、面白くてやめられなくなってしまった。

次第に夕日が傾き、辺りが薄暗くなってきた。

日照時間が長い6月のことで、7時を回っても完全に夜の闇に包まれることはなかったが、

 

「そろそろ帰らないと怒られるなー」

「もう一匹だけ釣ったらやめよう」

 

と思っていると、ガサガサッと背後から藪を踏み分ける音がした。

川原の丈の高い草の中を何かが近づいてくる音がする。

人が通るような道はないので動物かと思って少しばかり身構えたが、

なんと現れたのは50歳くらいの男だった。

 

男は神主が着ているような上下白の着物を着ており、

顔は老け込んでいるが、背丈は小学生のJ君と同じくらいで、

頭に黒くて長い烏帽子を被っている。

 

見た瞬間はまったく怖いという感じはしなかった。

男はニコニコと微笑んでいて、とても優しそうな印象を受けたからだ。

男は自身の体に付着している草の葉を払いながら、聞いてきた。

 

男『ぼうや、釣れるかい?』

J君『はい、釣れます』

男『ちょっとお魚見せてくれるかい?』

 

と言いながら歩み寄って来て、魚籠を引き上げ、

 

男『ほーう、大漁だねぇ。いくらかもらってもいいかな?』

 

そしてJ君の返答を待たずに、

魚籠の中から一番大きい鮒を二本指で挟んでつまみ上げ、

 

男『いただくよ!』

 

と両手で抱えながら頭からかじり始めた。

バリッボリッ!という骨の砕ける音が聞こえてくる。

 

男『いいな、いいな、生臭くていいなぁ~♪』

 

と歌うように呟いて、頭のなくなったフナを草の上に捨てた。

J君が呆然とその様子を見ていると、魚籠の上にしゃがみ込み、

今度は両手を突っ込み二匹の鮒を取り出すと、

J君に背を向けるようにして、交互に頭をかじり始めた。

 

バリッボリッ!ゴリッゴリッ!

 

と音を立てて、頭だけ食べている。

生臭い匂いがその場に漂った。

魚を捨てると立ち上り、J君のほうに振り向いた。

にこにこした表情はそのままだったが、額と両側の頬にフナの頭がくっついていた。

フナはまだ生きているようでパクパクと口を開け閉めしている。

 

J君『うわあぁぁーーーー!!』

 

気味の悪いその状況に思わず叫んでしまった。

「ここから逃げなくちゃいけない!」と思ったが、体が動かない。

男は動物のような動きで一跳びで自分の側まで来て、

 

男「ぼうやも、もらっていいかなぁ~?」

 

と言って肩に手をかけてきた!

思わず身をすくめると、同時に男のほうも弾かれたように跳び退いた。

そしてJ君を見て、不審そうに首を傾げ、

 

男「ぼうやぁ、神徳があるねぇ~。どこかにお参りにいったかい?」

 

そう言う男の顔から目を離せない。

すると急に男の顔が黒くなり、吠えるような大声で、

 

男「どっかにお参りにいったかと聞いてるんだぁ!!」

 

と叫んだ。

J君は男の大声に気押されて、

 

J君『この前、お祭でおみこしを担ぎました・・・』

 

精一杯声を振り絞って、そう答えると男は元のニコニコとした表情に戻った。

 

男『そうかぁ~。おみこしねぇ~・・・』

男『ふーん・・・残念だなぁ、じゃ~二十年後にまた来るよ。』

 

次の瞬間、ゴーッと強い風が吹いて顔に当たった。

目をつぶってもう一度開けると、もうそこに男の姿はなかった。

体が動くようになったので、

釣り道具を置き去りにして、その場から一目散に逃げ帰った。

 

家族にこの話をしたが、鼻で笑われ、軽くあしらわれてしまった。

母親が『あらやだ、変質者かしら』と少し心配してくれたのが、唯一の救いだった。

 

翌日、中学生の兄と一緒に堀に行ってみると、

釣り道具は草の上に投げ捨てられたままになっていた。

ただ魚籠に近づくと、ひどい悪臭が鼻を突いた。

中はドロドロになっており、付近の水面に油と魚の鱗が浮いていた。

 

その後はその古墳の堀には近づいていないし、特に身の周りで奇妙な出来事も起きていない。

ただ、J君には一つだけ心配事がある。

それは、もうすぐあれから二十年を迎えるのだという・・・

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