老看護婦の忠告

息子が搬送された外科病院は、

O寺のある山の麓近くにある病院だったということ。

しかし、今はそんな事に構っている余地はない。

 

そんな謂われを知らない夫は、

一時間程の距離にある隣の市の外科病院へと車を急がせた。

 

焦りの為か終始無言の夫。

田舎道を抜けて外科病院のある隣の市へ続く山道へ差し掛かった時、

「↑O寺 15km」の看板が目に入る。

 

「もしやこれは、いつかの老看護婦が言っていたO寺へ誘われているのではなかろうか」

と、不安に駆られた。

 

S氏『Cは大丈夫かしら?』

夫『ああ・・・』

S氏『あとどれくらい?』

夫『あと少しだ・・・』

 

S氏は気を紛らわせるために話し掛けるが、

殆ど夫からの回答がない。

 

夫の横顔は青ざめて強張り、

心ここにあらずといった様子である。

 

普段はとても気さくで優しい人物だが、

無理もない、

息子のことが心配で余裕を欠いているのであろう。

 

 

 

S氏が訝ってることを見抜くように、

車は急にスピードを上げた。

目を見開き真っ直ぐに前を見る夫。

 

S氏『ねえ、あなた?』

S氏『いくら何でも、スピード出し過ぎじゃない?』

夫『・・・』

 

夫からの返事がない。

 

おかしい・・・

 

普段は夫のすることに一切の口出しをしないS氏も、

息子への想いと、

O寺への不安がせめぎ合い焦り始めた。

 

 

無言のまま、車は走る。

やがて「↑O寺 5km」の看板が現れた。

距離からして、10~20分も行けば、

O寺へ着くだろう。

 

S氏『ねえ、あなた?病院こっちの道でいいの?』

夫『・・・』

 

やはり夫からの返事はない。

もしかして夫は正気ではないのではないか・・・。

 

S氏『ねえ、あなた!』

 

半ば怒鳴りながら、

夫の肩を揺すった。

 

夫『黙り給え!』

 

夫はS氏の手を勢いよく払い除けた。

 

S氏『ねえ、どうしたの?変よあなた?』

 

S氏を無視するように、夫は尚も車を飛ばす。

 

S氏『車を停めて!私はタクシーで行くわ!』

 

大声を出して怒鳴ったが、

夫は、まるでS氏の存在を認識していないかのように、

車のスピードを緩めようとしない。

 

S氏「変だわ。何かおかしい・・・」

S氏「とにかく車を止めなければ!」

S氏「このレバーを引けばいいのかしら?」

 

S氏がサイドブレーキのレバーに手を掛けようとすると、

 

夫『何をするのかね!?』

 

S氏の手を払い除けた。

 

この時、夫の狂気を確信した。

すると目前に「右、O寺・左、市街地」の看板が現れた。

 

S氏『車を止めて!!』

 

車は尚も速度を緩めない。

夫が右にハンドルを切ろうとした瞬間!

寸前でS氏は、ハンドルを横から掴んで勢いよく左へと切った!

 

 

キキキキキーーーッ!!!

 

 

瞬時に夫がブレーキを踏むと、

車はスピンして、分岐点の角ギリギリ手前で止まった。

 

夫は目を見開いて、

狂気の表情でS氏を睨んだ。

そして、彼女の首めがけて手を伸ばす!

 

身の危険を感じ、車を降りようとするが、

シートベルトを外そうとする手を掴まれ、

強い力で引き寄せられた!

 

狂気の表情は凄みを増し、殺意さえ感じる。

両肩を凄い力で掴まれると、

 

S氏「ああ、やはりO寺へ近づくべきではなかった。」

S氏「あの看護婦さんの言われた通りだったのか・・・」

 

と、死を覚悟した時、

 

 

夫『すまない・・・』

 

 

 

次の瞬間、

夫の強烈な平手打ちがS氏の頬を打った。

続けざまに、2発!3発!!

 

 

夫『おい!しっかりし給え!!』

 

夫の平手打ちで朦朧とするS氏。

 

 

S氏「こ、殺される・・・助けて・・・」

 

夫『何を言ってるのかね!?』

夫『早く起き給え!君は正気かね!?』

 

 

意識が晴れてくると、

眼前には心配そうに見つめる夫の顔があった。

 

S氏『あなた・・・正気に戻ったの?』

 

夫『君こそ!電話を掛けてきた時から様子が変だとは思っていたがね。』

夫『どうしたんだね、一体!?』

夫『途中から「Cの無事を祈願にしにO寺へ行こう」だの、「ここら辺は来たことがないから少し観光して行きたい」だの言い出して・・・』

夫『私が「何言ってるのかね!?先ずはCを迎えに行くのが先決だろ!」と言ったら、今度は怒り出して・・・』

夫『「車を止めろ!」だの、「タクシー拾ってO寺へ行く!」だの言い出して、運転の邪魔をしたんだぞ!』

夫『挙句、分かれ道の所で無理矢理、O寺の方へハンドル切ろうとして!』

夫『ブレーキが間に合わなければ私達は死んでいたんぞ!!』

夫『一体、君は何を考えているのかね!?』

 

 

夫の言葉に呆然とするS氏。

今まで自覚してきたことと全く逆だ。

 

だが、そう言われると、

自分は車に乗った時からの道すがらをあまり覚えていない・・・

 

夫『とにかく今は落ち着いて、急いで外科病院へ向かおう。』

夫『息子が待っている・・・』

 

 

 

病院への道すがら、

S氏は夫に老看護婦から受けた言葉を伝えた。

すると夫は驚き、

 

夫『妙な話もあるものだ・・・』

 

と訝ったが、

それ以上は取り合わなかった。

 

 

息子は公園にある城跡の石垣から転落し、

頭部を十針程、縫うことになったが、

幸い後遺症も残らなかった。

 

 

後になって、

息子が遠足で行った城跡というは、

O寺で奉られている武将の居城だったことが分かった。

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