これは昭和初期の頃の話。
ある女性S氏は癌で入院している父親の看病のため、
日々、せっせと病院へ通い詰めていた。
入院先の病院というのは、
自宅から程遠い田舎の古い市立病院で、
死を間近にした老人達が多く入院していた。
姥捨て山よろしく、
毎日、間引かれるように老人達が、
そこへ入院させられていた。
それでもS氏は家計を支えていた母親に代わり、
父親のもとへ足しげく通い、
自分を育ててくれた恩返しということもあり、
懸命に介護した。
病院の治療は父親の老い先を考慮してか、
或いは老人達には分け隔てなくそうなのか定かではないが、
明らかにずさんで、形だけのものだった。
治療とは名ばかりの薬漬けの延命処置の中、
それでも中には懸命に介護してくれる看護婦らも居た。
取り分け、とある老看護婦に至っては、
職務を超えて父親に尽くすかのように、
日夜関わらず、とても良くしてくれた。
父親もいよいよ往生際かというある秋の日のこと。
老看護婦は父親の世話をしながらS氏に対して、
老看護婦『お父さんは、T家ゆかりのお家のご出身でしょう?』
と唐突に言った。
父親は教師で、ごく普通の家庭で育ってはいたが、
実家というのは地元でも有名な武士の家系であった。
父親の出自について、
ぼんやりと聞かされていたS氏は驚き、
S氏『何故分かったのですか!?』
と聞き返したが、
老看護婦は、はぐらかした。
間もなくして、父親の世話を終え、
病室を出て行く際に、
S氏の目を真っ直ぐ見つめ、
老看護婦『あなたは将来、Y家ゆかりの方と一緒になられるでしょう。』
老看護婦『でも、絶対にO寺には行ってはなりません。』
老看護婦『生涯行ってはなりません。行くと必ず命を取られますよ。』
という意味深な忠告を残して去った。
O寺というのは、
家臣に謀反を起こされ、
殺害された武将が奉られている寺だ。
S氏「そう言われれば・・・」
S氏「うちはあの寺、なぜか行ったことないなあ。」
程なくして父親は他界した。
S氏は遺体を引き取り、
医師医療関係者に礼を言い、
病院を後にした。
残念ながら、
この時、例の老看護婦には会えず仕舞いだった。
父親の死から数年が経ち、
S氏は見合いをして、嫁ぐことになった。
嫁入り先はH家。
ところが結婚式当日、
Y家からの祝電が送られており、
Y家の人間がH家の親族として列席した。
不思議に思ったS氏は夫に尋ねた。
するとH家はY家の分家に当たり、
今でも親族同士の付き合いがあるとのことだった。
見合いではあったが、
全くそんな事情を知らされていなかったS氏は驚いた。
いつぞやの老看護婦は、
この事を言っていたのかと・・・
結婚して時が過ぎ、息子も生まれ、
そんな話も忘れかけていた頃。
息子が小学校の行事で遠足に行った日のこと。
家事を一通り終え、
S氏が居間で寛いでいると、
電話が鳴った。
電話は息子が通う小学校の教頭からで、
内容は息子が遠足先で高所から落下して怪我をしたとのこと。
続いて遠足に同行している担任教師からは、
担任『一先ずC君を病院へ連れて行きます。』
と、平身低頭の電話が入った。
S氏は車の免許を取得しておらず、
病院へ向かう手段がなかったため、
夫の職場へ連絡を入れ、
彼の車で迎えに行くことになった。
心配で焦るS氏。
だが、もう一つ不安なことが彼女の心中にはあった・・・
続く