S氏の実家は岩手県の由緒正しい親戚縁者を統括する本家の家系だ。
この本家というのは三百年程の歴史があり、代々その土地を治める権力を持っていた。
屋敷も長年の経年劣化による老朽化は見られるものの、大層立派な造りである。
田舎ということもあり、非常に小さなコミュニティーで形成されており、
人口は少なく、村人の大半が血縁関係にある。
さて、これはS氏が小学生のある夏の話である。
親族数人の大人達が彼の家の囲炉裏のある部屋に集まり、
小声で何かを話していた。
S氏の祖父がその中で一番の年長者だった。
いわば、取りまとめ役である。
S氏と彼の従兄弟は大人達が何を話しているのかと興味を持ち、
こっそりと盗み聞きすることにした。
『・・・どうすん・・・部屋・・・』
『空いて・・・近づくしかね・・・閉め・・・』
大人達の会話に耳を傾けるが上手く聞き取れない。
しばらくするとS氏達の存在に気付いた一人のおじさんが、
凄まじい勢いで近寄ってきた。
『おめら、何もきぃてねぇべな!?きぃてねぇべな!?』
凄い剣幕で彼らを問い詰める。
普段はとても温厚な人物だったということもあり、
その形相に驚いた二人は『何も聞いてない!』と即答した。
するとたちまちにいつもの優しい表情に戻り、
『そうか・・・』と言って、胸を撫で下ろした。
時期はお盆のことである。
普段から大人達には『お盆の海では絶対に泳いではいけない』と言い聞かされていた。
しかしS氏は毎年、この言いつけを守らず海で泳いだり、釣りをしたりしていたが、
特に事故や霊的現象に見舞われることもなかった。
そのため子供を海に近寄らせないようにするための、
ある種教訓程度にしか捉えておらず、大人達の忠告を軽視していた。
この年は親戚のおじさん同伴のもと、海へ出かけて行き、釣りに興じていた。
S氏達がはしゃいでいる傍ら、おじさんの様子がおかしい。
とても落ち込んでいるようだった。
子供心に心配したS氏は、『どうしたの?』と声を掛けるも、
『どうもしねえから、どうもしねえから』と、上の空で返答するばかり。
子供だったS氏はこれ以上追及することなく、
特に気にすることもなく、再び釣りに興じた。
この日は不漁であったため、昼過ぎには引き上げ、自宅で昼寝をすることにした。
夕方に目が覚めたS氏は午前中の成果に納得がいかなかったため、
夜釣りに連れて行ってくれるよう例のおじさんに頼んだ。
普段であれば『あべ、あべ(行こう、行こう)』と快く、引き受けてくれるのだが、
この日に限っては、S氏の要求を断固拒否し、『今日はやめとくべ』の一点張り。
どうしても夜釣りに出掛けたかったS氏は、こっそりと家を抜け出して、
従兄弟と二人だけで、海に向かうことにした。
海に到着すると辺り一面真っ暗な闇で、波が打ち寄せる音が聞こえる。
ザザーーーー・・・・ザザーーーーー・・・・
釣りをしていると、従兄弟が話しかけてきた。
従兄弟『おい、S。何かあっちさ、人立ってねは?』
指差す先を見たが、そこは海のど真ん中。
コの字型の岸壁のど真ん中で、
確かに人影らしきモノが海の上に立っているのが確認できた。
最初は、舟の上で漁師が何か作業をしているのだろうと思っていたのだが、
どうやら、そうではないらしい。
というのも、よくよく見てみると、そもそも舟事体がない。
きっとあれは幽霊だと思った彼らは、怖がるどころか逆に楽しくなり、はしゃぎ始めた。
騒いでいるとS氏達が家にいないことに気付いたS氏の祖父と例のおじさんが、
車で彼らのもとにやって来た。
続く