T氏は昭和初頭の生まれで、
終戦の年、彼は九州のとある地方に住んでいた。
終戦直後の9月、T氏は彼の姉と一緒に、
自転車で二人乗りをして市内へと買出しに行った。
帰る頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。
買い込んだ食料やら、衣類、調味料を一杯に詰め込んだリュックは重く、
リュックを背負った姉との二人乗りでは、
上り坂を登りきることができずに、
二人とも自転車から降りて押さなければならなかった。
そして上り坂を登りきった辺りで、小休止していた時のこと。
今、自分達が登ってきた道を誰かが上ってくる気配がする。
二人揃って、そちらの方に目をやると、
片足を無くした旧日本兵が杖をついて、
上り坂をピョンピョンと飛び跳ねるように、
猛スピードで登って来るのが見て取れた。
やがて座り込んでる2人の横を通りかかった。
しかし、2人には一瞥もくれず、その男は過ぎ去って行った。
通り過ぎる瞬間、血の付いた陸軍の軍服が目に飛び込んできた。
T氏『今の兵隊さん、片足無かったけど、歩くの速かったね~』
姉『上り坂なのにねぇ、凄いね。』
T氏『服に血が付いてたけど、復員(軍務を解かれた兵隊が帰郷すること)したばかりなのかな?』
姉『それより、暗くて足元悪いのに、大丈夫かなぁ。』
などと会話を交わしながら、
その旧日本兵の跳ねて行った先の道に目をやると、
もはや、そこに旧日本兵の姿はなかった。
T氏『あの兵隊さん、もういなくなっちゃったね~』
姉『・・・』
T氏『お姉ちゃん、どうしたの?』
姉『あれ・・・何?』
そこには、
フワフワと道の上を去って行く青白い人魂があった。
肉体は滅び、魂だけの姿になっても尚、
彼は急いで生家に帰りたかったのであろう・・・
二人はしばらくの間、
腰が抜けてしまい立てなかった。
毎年、終戦記念日が近くと、
彼らはこの日の体験を思い出すのだという。