ある一家が土地と家を購入して引っ越ししてきた。
この一家というのは周囲が羨むような仲の良い一家で、
笑いが絶えない家族であった。
家族構成はE子氏を中心に祖母、両親、兄、妹の6人家族である。
しかし、庭に家屋の増築をしたことをきっかけとして、
家庭環境がおかしくなってしまうこととなる。
父親は酒をほとんど呑まない人間であったが、
理由もなく飲酒量が増え、
暴力こそ振るわなかったが、
大声で怒鳴り散らすようになった。
就職が決まっていた兄はそんな父親に嫌気が差し、
会社の寮に入るという名目で家を出て、音信不通となった。
祖母と妹は自宅内で事故死した。
妹の遺体の第一発見者は母親で、そのショックから、
怪しい拝み屋のところに通い詰めるようになり、
家事をほとんどしなくなった。
家を増築してからのわずか3ヶ月の内に、
これだけのことが起きた。
さて、この話の主人公E子氏には、
ずっと夢だ幻覚症状だと、
自分に言い聞かせて誤魔化していたことがあった。
増築をしてから、
見知らぬ3人家族を家のあちらこちらで目撃するようになったのだ。
最初に目撃した場所は庭。
父親らしき男、母親らしき女、子供らしき男の子。
服装は戦時中の日本人が着ていたような格好で、
3人が記念写真のように立っているのだという。
口元だけがにやにやと笑っており、
何だか小馬鹿にされているような印象だった。
毎度、E子氏が彼らの姿に気づくと、
2、3秒経ってからすーっと消え失せる。
そんなある日、
一匹の野良猫が庭に迷い込んできた。
猫はE子氏が学校に登校する時と帰宅する時、
必ず玄関に居て待っている。
そんな日々が続いた。
この一家は動物を飼ったことがなかったため、
その猫がかわいくてしょうがなかったE子氏は、
両親が機嫌のいい時を見計らって説得し、
この猫を家族の一員に迎える了承を得ることに成功した。
鼻の辺りにほくろのような模様があったため、
この猫を「ハナちゃん」と名づけることにした。
ハナちゃんの存在はE子氏にとって、
安らげない家の中で唯一の慰めであった。
ハナちゃんが一緒にいる時は、
なぜかあの家族を目撃することはなかった。
飼い始めてから2ヶ月くらい経った頃、
ハナちゃんは急に死んでしまった。
毎朝、
家族の誰よりも1番早くに起きるハナちゃんが起きてこなかったため、
ハナちゃんお気に入りの部屋を探すと、
冷たくなっていた。
あまりに突然のことで、
ショックを隠し切れず、納得できなかったE子氏は、
懇意にしていた獣医に見せ、
死因を尋ねることにした。
獣医曰く、
『心臓麻痺ではなかろうか』との見解であった。
E子氏はこの3ヶ月の間に起きたことに加え、
唯一の心の拠り所だったハナちゃんが他界してしまったことで、
精神のバランスを崩し、
全てがどうでもよくなった。
それまでは明るく快活な性格の彼女であったが、
感情を表に出すことをしなくなり、
人間性が一変してしまった。
ある晩、ふっと目を覚ますと、
例の3人家族がベッドの脇に立ってE子氏を見下ろし、
不気味な口元で、にやにやと笑っていた。
しかし、完全に無気力状態であったE子氏は、
「勝手に笑ってれば・・・」程度にしか思わなかった。
と、その次の瞬間。
物凄い剣幕で怒っている猫の大きな顔が浮かび上がり、
父親らしき男に噛みついた!
すると突然、
3人家族は驚愕の表情に変わり、すーっと消え失せた。
E子氏は突然現れたこの猫の大きな顔に恐怖を感じたのだが、
次の瞬間、猫の顔は穏やかな表情に変わった。
それは見覚えのある顔だった。
鼻の横のほくろがはっきりと見て取れたのだ。
E子氏の目には涙が溢れ出し、
『ハナちゃん!!』と叫んだ。
すると次の瞬間、
猫の顔もすーっと消えてしまった。
翌朝、珍しく母親が早起きしていた。
何故こんなに早起きしたのか尋ねると、
『寝ていたら、布団の上から猫の足のような感触でつつかれ、目が覚めた』
と、答えた。
この時、E子氏は抑えていた感情が一気に溢れ出し、号泣した。
母親とE子氏の泣き声に驚いて起きて来た父親に対して、
E子氏『酒を呑んで怒鳴るのは止めて!!』
E子氏『拝み屋に行くのも止めて!!』
E子氏『こんなんじゃ、おばあちゃんと妹があの世にいけないよ!!』
と、必死に訴えかけた。
彼女の気迫に圧され、心を打たれた両親は、
これまでの自分達の行いの愚かさに気づいた。
この日以来、
父親は家中の酒という酒を全部捨てて病院に通い、
母親は拝み屋に行かなくなり、家事をするようになった。
そんな日々が続いたある日、
音信不通だった兄から連絡が入る。
内容はこうだ。
兄『毎晩、駅からの帰り道の途中で自分を待っている子猫がいる。』
兄『自分は寮住まいだから飼ってあげられない。』
兄『放っておくのも可哀想なので、そっちで面倒みてくれないか?』
これを受けて、
ハナちゃんには申し訳ないと思ったのだが、
家族会議の結果、
兄の申し出を引き受けることになった。
ある日の夕方のこと。
E子氏は学校から帰宅し、1人で留守番をしていた。
台所でテレビを見ていると、近くで寝ていた子猫が急に飛び起き、
廊下に走って行った。
と同時に、廊下でバタバタバタ!と玄関に向かって、走る音が聞こえた。
「何事か!?」と驚いて廊下に出ると、
子猫が毛を逆立てて、玄関に向かって何モノかに威嚇している。
子猫『フゥーーーーッ・・・』
しばらく様子を伺ていると、『フィギャアアア!!』と子猫が鳴いた。
E子氏『よしよし。追い払ってくれたの?』
子猫『ゴロゴロゴロゴロ・・・』
E子氏が子猫の喉を撫でてやると、脛に顔をこすりつけて来る。
こういったことが度々起こっていたのだが、
次第に頻度が減り、全く起きなくなったのだという。
これは後に判明したことなのだが、
この辺り一帯は戦時中、
敵国の空襲を受けて、焼け野原になってしまったそうだ。
地獄の業火と熱風から逃れようとし、
敷地内に井戸があった家庭はそこに避難したのだという。
だが、運悪く2度目の空襲でいくつもの井戸が潰されてしまい、
避難していた人々が生き埋めにされたのだという。
例の3人家族というのは、この話と何か関係があるのかもしれない、
と、E子氏は語る。
子猫が家に来てからというもの、
順調に家庭環境は良くなり、
両親はすっかり以前の2人に戻った。
兄はというと子猫が気になるようで、
頻繁に帰省するようになり、
家族全員で1ヶ月に1度は祖母と妹のお墓参りに行く習慣が定着した。
それから数年の月日が流れ、
子猫も大きくなり、6匹の子供を出産した。
今では立派な母猫に成長し、
この一家の守り神として溺愛されているのだという。