D氏は少し変わった趣味を持っていた。
その趣味というのは、
夜中になると自宅の屋上に上がって、
そこから双眼鏡で自分の住んでいる街を観察するというもの。
いつもとは違う静まり返った街を観察するのが楽しかった。
遠くに見える大きな給水タンクであったり、
酔っ払いを乗せて坂道を登っていくタクシーであったり。
夜の暗闇の中でぽつんと佇み、眩しい光を放つ自動販売機なんかを見ていると、
妙にワクワクしてくる。
D氏の自宅の西側には長い坂道があり、
それが真っ直ぐ彼の自宅の方に向って下ってくる形になっている。
従って、屋上から西側に目をやれば、
その坂道の全体を正面から視界に収めることができる。
その坂道の脇に設置されている自動販売機を双眼鏡で眺めながら、
「あ、大きな蛾が飛んでるな~」なんて吞気に構えていると、
坂道の一番上のほうから、物凄い勢いで下ってくる奴がいる!
D氏『な、なんだ!?アイツ!』
よくよく双眼鏡を覗いてみると、
それは全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴で、
満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振りつつ、
猛スピードで走って来る!
奴は明らかにD氏の存在に気付いており、
何より双眼鏡越しに、ずっと視線が合っている。
少しの間、呆気に取られていたD氏は呆然とそれを眺めていたが、
このままここに居続ければ、大変なことになりそうな予感がして、
急いで階段を下り、家の中に逃げ込んだ!
ドアを閉め、しっかり施錠もした。
D氏『うわー、どうしようどうしよう、なんだよあれ!!』
D氏がしゃがみ込んで怯えていると、
屋上への階段を上る音がした!
ズダダダダダダッ!
どうやら、D氏をを探しているようだ。
「凄いやばいことになっちゃったよ、どうしよう、まじで、なんだよあれぇ」
と心の中で呟きながら、物音を立てないように移動し、
リビングの真ん中でアイロンを両手で握って構えた。
奴と応戦するためである。
しばらくすると、今度は階段をズダダダダッ!と下りて来る音がする!
D氏『ヒッ!!』
ガタガタガタガタ震えていると、
ダンダンダンダンダンダンッ!!
と激しく玄関のドアを叩き始めた!
間もなくして、
ピンポンピンポン!ピポン!ピポン!!
チャイムを鳴らし始めた!
チャイムの音に混じって、
奴『ウッ、ンーッ!ウッ、ンーッ!』
という奴の呻き声も聴こえてくる。
心臓が一瞬止まったかのように思え、
次の瞬間、物凄い勢いで脈を打ち始めた。
さらにガクガクガクガク震えながら息を潜めていると、
数十秒程経過した後、激しいノックもチャイムも呻き声も止み、
元の静寂な闇に戻った。
それでも尚、D氏の緊張の糸が解けることはなく、
太陽が昇るまでアイロンを構え、その場で硬直していた。
奴は一体何者だったのであうか・・・
もう二度と、夜中に双眼鏡なんか覗くことはしないとD氏は語る。