3人の男A・B・Cが沢登りに行った時に、
彼らの身に降りかかった話である。
沢登りというのは登山の一形態で、
技術的にはロッククライミングに属するのだが、
主に水の流れる沢や滝を渓流の景色などを楽しみながら登る遊びである。
彼らが沢を登っていると、
高さ15メートル程の滝に直面した。
この滝は状態が悪くどうにも直登できなかった。
やむを得ず、
滝の左側の斜面を大きく回りこみ、
滝の頂上に出ようとした時、
先頭を行くBが突然落下した。
滝壺には岩が突出しており、
Bはその岩に顔面をぶつけたようだった。
苦労してよじ登った斜面を、
AとCが二人で転がるように駆け下りたが、
その時、Aの耳に甲高い笑い声が響いた。
アハハハハハハハッ!
そして眼前に、哄笑する男の顔。
その顔に構わず突っ込んだ刹那、
足が縺れてAは転んでしまった。
だが、そんな事は一切気にせず起き上がり、下まで降りると、
先に下りたCが、Bを滝壺から引き摺り揚げている所だった。
Bの顔は腫れ、膨れ、鼻と目から出血していた。
鼻といっても、完全に潰れて顔の中に埋まっている。
のっぺらぼうというのは、
こういう顔の事を言うのかもしれない。
麓のキャンプ場まで引き返し、
そこで救急車を呼んだ。
1時間程の後、救急隊員が滝に到着し、
Bをストレッチャーに乗せ固定した。
滝までは獣道があるだけなので、救急隊員2名に加え、
AとCの4人が交替でストレッチャーを運ぶことにした。
Bの顔面からの出血はひどく、
その血が止めどもなく流れ出ていたため、
ストレッチャーを持つ手が何度もBの血で滑り、
ストレッチャーは大きく揺れた。
その都度、Bは痛みを訴え続けた。
ようやく救急車にBを乗せ、
Cは病院まで同行することになった。
Aはもう一度滝まで引き返し、
散乱している荷物を回収し、麓まで戻った。
Bはかなりの手術の末に一命を取り止め、
数カ月の病院生活の後、退院した。
退院後、
Bは『落ちる直前に、滝の上に赤い服を着た釣り人の姿を見た』と話す。
しかし、落下後のことは良く覚えていないとのこと。
病院関係者曰く、Bが担ぎ込まれた直後、
『赤い服を着た男が居る!』とか、
『その男を滝で見た瞬間、俺は落ちた!』とか、
大騒ぎしていたと言うのだが、
それも本人からすれば、
ただのうわ言で一切覚えていないとのこと。
Bは後に結婚し、子供にも恵まれた。
そして数年後、仕事中の事故で高所から落下し、死亡した。