彼女

彼女

小学四年生の夏休み、少年U君の家の隣に同い年の女の子が引っ越ししてきた。

彼女の家庭には父親がおらず、母親はとても若かった。

彼女とは違うクラスになったが、U君と彼女は仲良くなった。

彼女はあまり明るい性格ではなく、女の子の友達も少ない。

本ばかり読んでいて親しい友人のいなかったU君と彼女は、

似た者同士ということもあり、次第にお互いの家に遊びに行くほど仲良くなった。

U君に打ち解けてくると、彼女は愚痴を溢すようになる。

その内容というのが、

母親がすぐに暴力を振るうということ。

仲良くなり始めた頃はU君のほうがよく喋っていたけれど、

彼女が愚痴を溢すようになってからというもの、

一方的に彼女が話すようになり、U君は聞き手に回るようになっていった。

さらに月日が経ち、U君は彼女からある重大な相談を受けることになる。

彼女『クラスに好きな男の子ができた。』

その男の子はクラスの異性から人気があり、取り巻きまでいるというのだ。

しかし、日頃、読書ばかりしている彼にとって、この手の分野は非常に苦手である。

故にただただ彼女の淡い片想いの話を聞く一方であった。

そんな日々が過ぎ去っていったのだが、

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ある日を境に彼女は不登校になった。

好きだった男の子の取り巻き達にいじめられていたのが原因だ。

彼女はU君に会うたびに、自分をいじめた女の子や、

そのいじめを見て見ぬ振りをしていたクラスメイト全員が憎いといった。

そして、現実味のない復讐計画やクラスメイトの悪口を延々と話し続ける始末。

U君はただ黙って相槌を打つばかりだった。

中学に進学してからは彼女は非行に走るようになる。

夜遅くまで帰宅しなかったり、これ見よがしに喫煙したり、

深夜にいきなり親子喧嘩をするようにもなった。

警察沙汰になるような行いもしばしば。

この頃から近所との折り合いが悪くなり、

家のポストに中傷ビラが投函されたり、壁に落書きをされるなど、

悪質な嫌がらせの被害を受けるようになる。

そんな彼女との関係を危惧したU君の母親は、付き合うのをやめるよう進言した。

高校を卒業してからというもの、彼女は自室に引き籠るようになる。

彼女の姿を見る機会がめっきりと減り、心配になったU君は彼女の母親に、

彼女の近況を聞くことにした。

日中は部屋から出てくることはない。

食事は部屋の前に置いておくと、いつの間にか食べ終えた後の食器が置かれている。

深夜になるとトイレに行くときだけ出てくるそうだ。

そんな生活を送っているとのこと。

U君は意を決して、久々に彼女に会いに行くことにした。

しかし、彼女は彼に会うことを拒絶し、扉越しに『帰れ!』と怒鳴りつける。

いろんな話題を振っても、沈黙を貫き通すばかり・・・

この日を境に、U君は制止する親を振り払い、来る日も来る日も彼女の部屋を訪問し続けた。

数日間通い続け、やっとドアを開けてくれたと思いきや、味噌汁をかけられる始末。

この時、開けられたドアの隙間から見えた彼女の顔色は青白く、げっそりとやつれ果てている。

読書家のU君にとってはやっとできた友人。

無視され続けようが、味噌汁をかけられようが、諦めてなるものかと、尚も通い続けた。

ある日のこと、彼の努力は実を結び、彼女は扉越しではあったが、

言葉を返してくれるようになった。

その内容はU君と疎遠になってからの彼女の身に起こったことである。

悪い仲間と付き合っていたこと。

万引きの常習犯となり、補導されたこと。

避妊に失敗して子供ができた途端、恋人に逃げられたこと。

助けてほしくて相談した母親に半狂乱になって殴られたこと。

中絶、自殺未遂したこと。

昔と同じ様に彼女が一方的に喋り続け、U君は相槌を打つ。

意見を求められたときは、なるべく無難な言葉を返す。

次第に彼女は部屋から出てくるようになり、アルバイトも始めた。

性格も明るくなってきた頃からは、「どれほど、自分や彼女の母親が君のことを心配したか」

をU君は彼女に話すようになった。

しかし、ある日突然、彼女は近所の団地の屋上から飛び降りた。

幸い落下した場所に植え込みがあり、加えてさほど高い建物でもなかったため、

一命は取り留めた。

だが脊髄を損傷したため、下半身不随となった彼女は一生車椅子での生活を余儀なくされた。

U君が面会に行くと、ベッドに横たわった彼女は泣きながら謝る。

母親やU君に迷惑をかけていた罪の意識に耐えかねて、飛び降りたんだそうだ。

この時、U君は泣いている彼女を慰めながらプロポーズした。

結婚を前提に付き合ってくれるように。

彼女は全身の水分を絞りつくすようにして泣きながら、

彼女『本気?私でいいの?本当にいいの?』

と何度も聞き返す。

聞かれる度にU君は頷く。

この時、ようやくU君の努力は実を結んだのだ。

U君は彼女のことがずっと好きだった。

母親に暴力を振るわれていることを告白した時も。

顔を歪めてクラスメイトの悪口を言っていた時も。

悪い友達と付き合って荒れていた時も。

引き籠って、別人のように痩せこけていた時も。

小学生の頃に、彼女が好きな男の子の名前をその取り巻き達に告げた時も。

彼女の家のポストに中傷のビラを投函した時も。

彼女の家の壁に落書きをしていた時も。

彼女を妊娠させた男をそそのかさして、彼女から身を引くよう仕向けた時も。

罪の意識を植え付けていた時も。

そして、足の感覚を失い白いベッドに飲み込まれそうに小さく横たわっている今も・・・

これで完璧に彼女はU君だけの『彼女』になった。


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