これは大学生Y氏の恐怖体験談である。
彼は当時、古いマンションで独り暮らしをしていた。
家賃は格安、部屋も比較的広めで、バスルームとトイレはセパレートタイプ、
スーパーやコンビニ、駅も徒歩5分圏内にあるという優良物件だった。
加えて、そのマンションは空き部屋が多く、
同じ階にはY氏と、ご年配の女性が住んでいるだけだった。
住居にも恵まれ、充実した生活を送っていたが、彼には一つ悩みがあった。
毎晩深夜遅くに、異音が鳴り響いて良く眠れなかったのだ。
金属が擦り合わさるような…
異音が聞こえてくるのはいつも夜中だったので、
夢の中で聞いているのか、現実で聞いているのか、はっきりとわからなかった。
とにかく眠りを妨げられ、困り果てていたのだ。
異音に悩まされる日々が続いたある日のこと。
Y氏は毎朝配達される牛乳瓶を手に取った時に、異音の正体に気付いた。
「牛乳瓶受けの扉を開ける音」だと。
牛乳が配達されるのは早朝であったため、
配達員によって、夜中に牛乳瓶受けを開けられることはない。
にも関わらず、牛乳瓶受けが開けられる音が聞こえてきていた・・・
ということはつまり、
「深夜何者かが牛乳瓶受けを開け、部屋を覗いているのではないか」
ということになる。
Y氏はその日の晩、この仮説が正しいものかどうか確かめるべく、
一晩中起きていることにした。
深夜0時過ぎまで、テレビを見たり、読書をしたりして、時間を潰す。
そろそろかと思い、部屋の明かりを消して、牛乳瓶受けの部屋側の位置にスタンバイした。
体感で1時間ほど経過した頃、通路をこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。
ヒッタ、ヒッタ、ヒッタ、ヒッタ、ヒッタ・・・・・・・
「来た!正体を絶対につきとめてやるぞ!」
Y氏は心の中で、そう叫んだ。
ヒッタ、ヒッタ、ヒッタ、ヒッタ、ヒッタ・・・・・・・
足音はどんどん近づいてくる。
彼の心臓の鼓動はそれに伴って、だんだんと速くなっていく。
ヒッタ!ヒッタ!ヒッタ!ヒッタ!ヒッタ!
ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!
ヒッタ!ヒッタ!ヒッタ!ヒッタ!ヒッタ!
ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!ドク!
ヒッタ!ヒタッ!
止まった。
彼の立っている位置と玄関の扉を挟んだ、ちょうどその向こうで。
すると次の瞬間、
ギィ~イ~~~イ~
開いた!
通路側の牛乳瓶受けの扉が開けられたのだ!
薄っすらと通路の照明の明かりが、彼の部屋の中にすうーっと差し込む。
間もなくして、その光は何かによって遮られた。
「間違いない。誰かが部屋の中を覗き込んでいる。」
「よぉし!確かめてやるぞ!」
彼は心の中で、決心して部屋側の牛乳瓶受けのところへ顔をやった。
牛乳瓶受けをとおして、向こう側を覗く。
あまりよく見えない・・・
が、だんだんとY氏の目がその状況に慣れてきた。
その時!
通路側から彼を覗き返す二つの白い目と彼の目が合ってしまった!!
動けない・・・あまりの恐怖に彼の体は硬直してしまった。
声を発することすらできないまま、1分程その状態が続いた・・・
しかし、彼の感覚ではその時間はもっと長く感じられただろう。
次の瞬間、
『こ~ん~ば~ん~わぁ~』
老婆のしゃがれた声が、牛乳瓶受けの向こう側から聞こえてきた。
彼はそのまま、意識を失ってしまった・・・
優良物件にも関わらず、マンションの部屋が空き部屋ばかりだったのは、
おそらく、かつてこのマンションで暮らしていた住人も、
Y氏と同じ体験をしたのではなかろうか。
彼もまた早々にその部屋を引き払ったという。