これは、B氏が体験した人間の執念にまつわる話である。
小学生3年生の頃のB氏は学校が終わると、
真っ先に家に帰りランドセルを放り投げ、
Uターンで家から飛び出しては、
ほどない距離にある児童公園へと遊びに行っていた。
そこには同じように集う友達が幾名、
公園は子供なりの社交場として機能し、
来る日も来る日も友達同士で夕方まで遊ぶ生活を送っていた。
話は変わって、この公園には時々現れる名物の少年がいた。
歳は同い年。容姿も至って平凡であるが、三つの非凡な点が挙げられた。
・彼には悲しいほど友達がいないこと。
・家が裕福であること。
・彼は公園に来る前に、予め駄菓子屋でお菓子を買い漁り、
そのお菓子を、公園内の同い年くらいの子供達に配って回っていたということ。
彼はお菓子を配り終えると、配った子供達の元へと赴き、
『僕も仲間に入れてよ』と言う。
そういった哀しい習慣を持った少年だった。
お菓子を配った彼からしてみれば、
酷な話ではあるが義理が必ずしも通るとは限らず、
遊びの輪に入れてくれるよう懇願しても、
拒否する子供が大多数であった。
拒否していた子供達の心理としては、
決して理に適わぬことではなかった。
『お菓子はあんがとっ。でも、遊び相手としてはつまんねえから御免だね~』
といった、安易な疎外ではなかったようだ。
お菓子を配った直後に『僕も仲間に入れて』という行動が、
あまりにも計算高すぎた・・・
そういうのが、子供ながらにも直感でわかってしまったのだろう。
それゆえの拒絶だったのかもしれない。
非常に彼の気持ちは理解できるが大人の理屈で言えば、
お菓子をもらった以上、気立ての良さも見せてやれとも言えるし、
重圧を感じるのなら、初めからお菓子を貰わなければ良い話だ。
しかし、小学2、3年の幼い子供からすれば、
目先のお菓子を食べ、目先の重苦しい少年を払いのける。
そういった、当座しか考えない選択を重ねていったわけだ。
当時のB氏は、
根が臆病者で用心深い性格だったため、
お菓子は押し付けられても拒否していた。
B氏の親が他人から物を貰うことに関しては、
厳しい躾を展開していたのも関係している。
しかしそんなB氏も詰まるところ子供である。
ある日、お菓子を甘受してしまうのであった。
何故その時に限って貰ってしまったのか。
その理由は今となっては思い出せないという。
しかし何にせよ、その時B氏はお菓子を貰った。
その事実だけは確かであった。
そのただ一度だけ貰った日。
そして、貰ってからの展開は今でも記憶に鮮明に焼き付いているのだという。
彼はいつものようにお菓子を配り終えたところで、
懲りることもなく、目に付く同年齢の子供達に話し掛けて回った。
その日は彼からしたら「不作」だったのだろう。
ことごとく拒否を受け、彼は顎を軽く持ち上げ、
途方に暮れた顔をしていた。
そんな彼の姿をB氏は「可哀想になぁ」と、
お菓子を食べながら眺めていた。
その時、
彼がパッとB氏を見た。目が合う。
彼はそのまま体の向きも視線に合わせ、
真っ直ぐにB氏の元へと駆け寄ってきた。
彼『ねぇ、遊ばない?』
B氏『え・・・あ・・・』
彼『ねぇねぇ、なんかして遊ぼうよ!何する?』
困った・・・
彼の悪い癖ではあるが、
遊びの企画や内容は完全に相手に任せてしまう。
ましてや、初対面に近い立場で1対1であるにも関わらずだ。
この状況において楽しめる遊びなど、
ロクにあったものではない。
彼と遊ぶこと自体は引き受けてもよかったのだが、
ただ遊ぶ内容がどうしても思い浮かばなかった。
B氏が悩みあぐねいているのを尻目に、
彼は指示を享受する気満々な顔で覗き込む。
小学3年生で稚拙な脳しか持ち合わせていなかったB氏は、
思わずこう彼に言った。
B氏『ごめん、今は無理!』
勿論、実際は全然無理ではない。
暇ならあるが、ただその場をしのぎたかっただけに発した言葉であった。
そして彼からは当然の返答が来た。
彼『いま、忙しいの?』
B氏『うん。そう忙しい・・・』
当然、彼はそれで引き下がるわけがない。
彼『じゃあ、明日なら大丈夫?』
B氏『えーと・・・明日も駄目』
彼『じゃあ明後日は?』
B氏『ごめん、駄目・・・』
彼『だったら、いつなら大丈夫なの?』
そしてB氏は自分でも驚くような突拍子もない返答をしてしまった。
続く