これはC氏の兄の娘、
C氏からみて姪に当たる人物の話だ。
彼女は10代の頃から片腕の痙攣がひどかった。
端から見ていても心配な程、
常にカタカタカタカタと震えている。
兄の話によると、
あちこちの病院を回ってたみたのだが、
20歳を過ぎても治る兆しはなかったとのこと。
姪は普段から明るく振る舞う女の子で、
端から見ている分にはあまり症状の深刻さが伝わってこなかった。
そんなある日、
最期の望みで診察を受けた大病院の検査にて、
手の痙攣の原因が判明した。
「脳の中で神経と血管が接触してる」
治療するには開頭手術が必要で、
成功率は60%以下とのことだった。
それでも兄夫婦と姪はこの手術を受けることを承諾した。
それから手術までの段取りはスムーズに進み、
入院から精密検査、そして開頭手術という具合に予定が決まった。
後述となるが、
実はこの姪と言うのは、所謂「見える子」だったのだ。
ここ最近はこの世のものではない存在と、
頻繁に交流するようになっており、
兄夫婦には「見えないモノ」を見つけるようになっていたのである。
周囲の人間が気味悪がって、おののいていると、
姪は不動明王のお守りをかざしたり、
何やら会話のようなことをして、「それら」を退けていた。
話は姪の入院の日取りが決まった日に飛ぶ。
この日、彼女は自身の頭の中でずっと消えずにいたあるイメージを絵に描いて兄に渡した。
それは、社らしき絵だった。
兄はそれを一目見て、
自身達の居住区からかなり離れた場所にある「S神社」に似ていると思った。
というのも、彼は仕事の関係で方々を回っていたため、
偶然、その絵の社に似た場所を知っていたのだ。
しかし、娘は車の免許も取得しておらず、
旅行などで遠出をするような趣味はなかったため、
この場所へ行ったことがあるとは到底思えなかった。
兄『ここ、行ったことあるのか?ここに何があるんだ?』
姪『ねえ、お父さん、ここに連れて行って欲しいの。』
兄『急にどうして?』
姪『私、呼ばれてる・・・』
異様な雰囲気を感じ取った兄は、
時間を作って、家族でその神社に向かうことにした。
当該神社の駐車場に着くと、
姪『呼ばれてるのは私一人だから、一人で行くね』
兄『ああ、気をつけてな・・・』
車を降りてトコトコと歩いて行く娘の後姿を、
見えなくなるまで兄夫婦はずっと見守った。
本殿を横目に見ながら、
脇道を奥に歩いていくとお稲荷様が祀ってあるのが見えた。
姪『ここじゃ、ない・・・。』
脇道をさらに進んで行くと小さな沼のほとりに出た。
沼の対岸には鳥居が三基建っており、
その奥には社があった。
「○○稲荷」と書かれてある。
姪『ここだあ。あっ!』
よくよく目を凝らして見てみると、
鳥居の下には一頭の狐が居た。
姪『あっ、あの子だ。』
姪が狐に近づくと、
狐はピョンっと飛び上がったかと思うと、
彼女の頭上の宙空でクルッと一回転し、
肩にポンっと飛び乗り、耳元でこう囁いた。
狐『もう、治ったよ。』
瞬間、彼女の手の痙攣が止まった。
姪『えっ、すごい・・・あ、あのう、ありがとう。お礼・・・』
狐『ふふふ。もうもらったよ。』
そう言うと、狐はすーっと消えた。
後日、親戚一同が会し、
兄夫婦は全員に事の詳細を報告した。
すると、C氏の母親、姪の祖母に当たる人物が、
『そのお稲荷様に改めてお礼に参りたい』と言い出した。
参拝日当日、
例の社の場所がわからなかったため、
社務所で尋ねることにした。
というのも姪曰く、
『あの時、どうやって行ったのか覚えていない』とのことだったからだ。
祖母『すみません。○○稲荷様はどちらですか?』
受付『???』
受付『こちらでお祀りしておりますのは▲▲稲荷様です。』
受付『▲▲稲荷様は本堂の脇道にてお祀りさせて頂いております。』
受付『申し訳ございませんが、○○稲荷様に関しましてはわかりかねます。』
一同、正に狐につままれたような気分になった。
ほとほと困り果てていると、
一人の老人が歩み寄ってきた。
老人『もし、どうかされましたか?』
祖母『実は孫が○○稲荷様にお世話になりまして・・・』
老人『○○稲荷様・・・』
老人は少し考えると、
老人『ああ、もしかして・・・』
そう言うと、老人は一同を案内しようと申し出てくれた。
本殿の脇道を奥へと進むと、▲▲稲荷様が祀られている。
祖母『このお稲荷様かえ?』
姪『うんうん違う・・・沼の近くにあったの。』
老人『沼・・・やっぱり・・・この先です。』
▲▲稲荷様が祀られている地点からさらに奥へと進むと、
やがて沼の畔に出た。
しかし、そこには鳥居も社も何も無かった。
ただ沼が広がっているだけ・・・
祖母『あのぅ~、ここは・・・?』
姪『ここだよ。おばあちゃん。』
祖母『でも、お社なんてどこにも・・・』
老人『ワシの爺さんから聞かされた話なのですが、今から400年程前に、あの対岸でお稲荷様を祀っとったそうです。鳥居が三基ありましての。』
老人『確か、そのお名前が「○○稲荷様」・・・』
老人『今ではもう忘れ去られた神様になってしまいましたがの・・・』
沼のほとりに持参したお揚げさんを供え、
一同はかつて社があった方向に向かって、
手を合わせると、心の中で強く強く感謝の気持ちを念じた。
その時、
草花の香りをのせた、
春一番のような強い風が吹いたのだという。